ぶどうの木のあれこれ

カウンセリングルーム『ぶどうの木』へようこそ。

あるがままに  

先週週末は、はっきりしない天気でしたね。
でも、昨日と今日は春の陽気が気持ちいいです。

先日土曜日には、旧い友人や親類、昔の仲間と会い、
とてもいい時間を過ごすことができました。
時間が経った分だけ少し自分も含め、齢をとったなあと感じたけれど・・
会えば昔の気持ちがすぐに蘇えり、長い時間とても暖かい時間を
過ごすことができました。
また、みなさん横浜へ来てくださいね。

さてさて
話題をガラリと変えて、今日は「あるがまま」という、よく使われる言葉に
ついて考えてみましょうか。
どういう意味の言葉なんでしょう。「あるがまま」
「なりゆきに任せる」「そのままを受け止める」「そういうもんだと自然な気持ちにまかせる」
そんな意味として使われているでしょうかね。
なんだか、漠然とした曖昧な、雲をつかむような意味ですね。
どういうことなんでしょう。「あるがまま」
私も分かっているようでいて、あまりきちんと理解していないので、
こうやって書きながら日常の自分を思いながら、またカウンセリングでクライエントさん
とのお話で薄ぼんやり考えたことを整理しながら、ゆっくりまとめていこうと思います。

逆のような意味の言葉はなんでしょうね。
「無理をする」とか「頑張る」ですかね。

私たちは、たまに自分のことを考えます。
「自分はこういうことをやっていて」とか「自分はこういう時が好きで」
「こういう人が好きで」
または、「自分はこんな気持ちになって・・」という言葉もつぶやきます。

「うれしい」「楽しかった」「好き」なんていう、心地よい感情のときもあれば、
「悲しい」「苦しい」「疲れる」なんていう、心地よくない、嫌な感情になるときもある。
そうですよね。こういうマイナスな感情を感じることも当たり前です。人間なんですから。

でも、たまに私たちは苦しい状態が続いているとき、「どうしてこんなに悲しいんだろう」
「どうしてこんなに苦しいんだろう」「疲れるんだろう」と自分に問いかける、問いかけ続ける
探り続けるときがあります。

「どうして人前でしゃべると緊張するんだろう」
「この人といると、どうしてイライラするんだろう」
「どうして、この人達の話を聞いていると、疲れるんだろう」

『どうして?』『なぜ?』と問い続けます。探り続けます。つまり原因追求の態度が
身についてしまうときがあります。
でも、いかがですか?「どうしてこんな気持ちになるのか」と考えても、また人に
「どうして・・どうして・・」と問い続けて、あなたはもっと苦しくなりませんか?
そして、問われた相手はあなたの質問に答えることができず苦しい思いをしている
とは思いませんか?
「どうして?」という原因追求の態度が身についてしまうと、それは錐(キリ)のように
自分のこころに深く亀裂を入れ続けることになります。

「なぜ、悲しくなるのか」
「なぜ、緊張するのか」
「なぜ、疲れるのか」

人前にいたら、人間ならば誰でも緊張します
悲しいことがあったから、悲しいことが蘇えるから、悲しいのです
重い話を長時間聞けば、人間ならば誰でも疲れるのです
これらは、普通の自然な人間の生理的な反応です。

「疲れる」「悲しい」「苦しい」と感じていて、それがしんどい状態になっている人は、
どこかで「それは何か自分に問題があるんじゃないのか」と思っていませんか?
問題は、「疲れる」「悲しい」「緊張する」ことではなく、それが「なぜ起こってしまうのか」
と探り続ける、原因追求してばかりいるあなたの態度であり、自分の心のなかで先の見えない
ブラックホールのなかを懸命に走り続けているのではないですか?
それが、「より悲しくなり」「より苦しくなり」「より疲れている」ことになっていませんか?
それらしい答えのようなものを聞いても、あなたは納得しないでしょう。

でも、おそらくそうやって、走り続け、懸命に悶えながら這うようにして、「答え」を見つけようと
している姿もあなたなのでしょうね。
おそらく、そうやっていないと、自分が保てないほどに辛い体験をしてきたんだと思います。

しかし、もう自分に対して、相手に対して「なぜ?」という構えで、生きていくことをそろそろ
変えてみませんか?

「人前にでたら、そりゃ緊張するわな」
「疲れる話を聞いていたら、それはくたびれるじゃん」
「こんなことがあったら、悲しいよ」

そんなふうに自然に、
「あ~~そういうもんだよなあ」「こ~んな気持ちになるし、あっていいんでしょう」
「そりゃ、当たり前か」
慣れていない人は、こういうふうに、自分で自ら『思ってみること』が大切でしょうね。

「なんで???」「どうして??」は、アリ地獄にはまります。だから、それちょっと上のように
変えてみましょうか。
こういうふうに思うことが慣れてくると、だんだんそういう姿勢が身につき、そしてそういう生き方
になっていきます。こんなふうな状態や、姿勢や態度が「あるがまま」という感じじゃないですかね。
「あるがまま」を自然に感じられるようになると、安定して穏かな態度になってくるでしょう。

でも、決して焦らないでくださいね。
時には、前のようなガンバリ態度にはまりつつも、時々「あるがまま」の思い方をしてみれば
十分です。すこしでも体験していれば確実に身についていきます。
こころとは、「からだ」のようにとは違って、そうやすやすとは変わったり、治ったり、回復する
ものではありません。むしろゆっくりと時間をかけないと、「あるがまま」の姿勢は身に着けません。
だから、ここはひとつゆったりとじっくりとやっていきましょう。それがいいです。



あ~、なんだか今日は講釈を垂れすぎました。ごめんなさい(笑)。
昨日聞いていた、ジョンレノンのlet it beの音楽が残っていてつい長くなってしまいました。
ご容赦を。
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