ぶどうの木のあれこれ

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水  その2  

今日は夜から雨が激しく降っています

昨日は雷を鳴らしながら、豪雨が猛威を振るってました

最近はじめた夜のゆっくりジョギングができなく、また日中も室内でじっとしていることが多く、運動不足の日々が続いています

梅雨のこの時期は、しとしと、しとしと、長く雨が降り続けています

雨水は川に流れ、やがて海へと注がれます

海水が蒸発すると、天で雲を作り、そしてまた雨を降らします
地球は、こんなふうに水の壮大な循環によって生かされ、そして人間を含めた生き物の命を支えています

あたりまえのようにある水も、実は地球が生きていて、胎動している源
私たちは、水を欠かさず飲み、そして水が作ったさまざまな物質のなかで暮らしているんですね

そう考えると、雨音もなんだかありがたく感じ、心地よく耳に響いてきます

水のある風景に癒されるのも、こうした水の恩恵にあずかっている人間の本質的な欲求が満たされるからでしょうか
川をみたり 海をみたり  湖や池をみたり  滝をみたり 噴水をみたり
水の動きを見て、音を聞いて、水のにおいを感じ、水に触れてみることができる
そうやっていろんな感覚で、水を味わうことができます


      滝と清流



私たちの感情は、水のように、心のなかを流れる
時には、おだやかに、ゆるやかに  時には、激しく、荒々しく
時には、逆巻くように荒れ狂うときもあるでしょう   
しかし、嵐はいっときのもの  いずれおさまるでしょう

なによりも、感情もどんな思いも、この大地に必要な水と一緒で、
私たちが今生きている大事なみなもとですよね
楽しくてやる気に満ちている感情  怒りや悲しい感情 どれもこれも心の中に「自分自身」
を見出す大切な水脈 

感情は、もしかしたら水でできているのかもしれません
水のように流れていく感情の動きに、無理に逆らおうとしたら、どんどん混乱の渦のなかに引き込まれていってしまいます

でも、水のような感情の動きに身を任せ、そのまま感じていれば、いずれはたゆたゆと、汚水が沈殿したこころのなかを、自然に浄化させてくれるものでしょう
感情がたかぶると涙や汗があふれてきます。それは私たちのこころのなかに溜まっていたわだかまりを、水にして外に出し、こころを清めてくれる作用なのかもしれませんね
そうして、新しく感じたい空気が入った水を心に注ぎ、そのなかで漂ってみる

人間のこころも感情の自然な営みによる緻密な生態系をなしているみたいですね



きれいな川や海、滝など水のながれをじっ~とみていると、心が洗われるような気がします 今年は夏山に登り、そんな水の風景を眺めて来ようかなと思います
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category: まるやまさんのぶどう日記

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暑い季節 熱い心  

6月も半ばになろうとしています。

本格的な梅雨の季節の到来と、夏の足跡が近づいてきています。

暑くなってくると、心も体の状態も大きく変化していくように感じます。
「いよいよ暑くなってきたなあ~ 夏だなあ」と何だか心が弾むことも
あれば・・
「また夏がきたなあ~  暑くなるのはしんどいなあ」とやや気持も萎えて
しまうこともあるでしょうね
良くも悪くも、こんなふうに夏の季節や空気感は、いろんな感じで人の心の中を
動かすものとなるようです。


夏といえば、安直に「高校野球」を考えてしまうのですが・・
最近、「rookis~卒業」という映画見てきてしまいました。たまたま平日に時間ができて
ひょいと映画館に足を運んだのですが・・

まあ、見れば、話の展開が強引、セリフがもろにクサいと、あまりにも分かりやすいストーリー
なのですが、不覚にも、とにかく涙が出ること、出ること。
セリフはクサイのですが・・あそこまでやりきると、何だか妙に言葉がストレートに
自分に心に入ってきて、純粋に感動いたしました。
私は、かつて風靡したドラマ、「スクールウォーズ」や「不良少女と呼ばれて」
「スチュワーデス物語」あたりの、ものすごいクッサイドラマ世代ですから、
そんな分かりやすくて、ダイレクトな言葉や感情表現の脚本を、いわばノスタルジーを
感じながら、ほほえましく楽しんでいます。

さいきんは、この映画にも出てくるようないわゆる「ヤンキー生徒」が出てくる
ドラマや映画がうけています。
なんでだろうと、考えてみたところ・・・
そういうキャラクターを作ってみて、我々が抱えている苦しみだったり、心からの
激しい叫びやわめきを、代わりに思いっきり表現してくれているんだろうかな
なんて思ったりします。 とくに現代社会は、閉塞感が強まり、どこにも怒りのはけ口が
見つからない情況にしかたなくうずくまり、本当は、もっと何も考えずに自分の思っていること
やりたいことを、大事にしていきたいのに・・・。

そんな我々の心に堆積した純粋な願いや叫びが、こういう映画やドラマをみることによって、
いくらか見えるようになったり、「あってもいいのかな」と楽になるのかもしれないですね。

「rookies」の主人公の男の子は、映画のなかで「夢が自分を強くしてくれた」としみじみと
語ります。「夢」という言葉は、使い古された言葉ですが、あたらめてこうして聞いてみると
新鮮に心に入り、夢を持っている生き方、それもまたいいものかもしれない、もういちどそういう
気持ちをもってみようかなと素直に感じることもあるでしょうね。

「希望」や「夢」や「理想」も持ちつつ生きてみる・・ということは、
それを持ったから達成しなければいけない・・というものではありません。
達成やその目標のように「できること」が大事なのではなく、
「希望」や「夢」という方向を見つつ、自分の心の中にそっと持ちながら生きてみる。
そういうものを持つことこと自体が、自分の心の中を豊かにし、支えてくれるでしょう。
そう、「夢」や「希望」や「理想」というものは、大きく葉が茂った木のような
ものかもしれませんね。

最初は、「小さな種」かもしれない。でもそれを大事にもって、大事に育てていけば、
やがて芽が出て、しっかりした根が張り、だんだん確実に大きくなって、太い幹を持つ
木になってくるでしょう。
悩みは、希望を生む「小さな種」のようなものでしょう。
悩みのなかを、やさしくそっとうかがってみると、小さいけど、
その人自身しか持ちえないかけがえのない、初々しい種があります。
それを一緒に見つけていくのが、われわれの役割なんでしょうね。

       芽


「種」からだんだん芽が出て、大事に育てていくと、その過程で枯れそうになったり、
風雨が強くて折れそうになるときも、時にはあるでしょうね。そういうときもあっていいでしょう。
育っていく中での、いろいろな時期のいろいろな過程は、それが木として
逞しくなるために、実は必要なプロセスなのかもしれません。
芽や苗が枯れ切ってしまうこともあるでしょうね。それでも、また新しい種を見つけて育てて
いけばいいのです。
「大事に育てていく」というのは、「早く伸びろ!」「早く大きくなれ!」という強い思いにまかせて、
たくさん水や肥料をあげて、年中つきっきりで見ているということとは、ちょっと違います。
こんなふうにすると、せっかく出た芽が悲鳴をあげる、芽自身が「もっと早く伸びなきゃ」
という気持ちで焦ってしまい、芽のうちにエネルギーを使い果たして、枯れてしまいます。
水や肥料は、必要な分だけたまに上げて、あとは芽みずからの自然な伸び具合を
あたたかく見守っていくことが大事でなんでしょうね。

さまざまな時季を経て、確実に育ってきた木は、自分をしっかり支え、ゆらぐことがなく、
またいつかは実をつけていくことでしょう。

          木


そんなふうに、思ってみていいんじゃないでしょうか。

何だか、うっかりムサい教師のようなセリフを言って、今日は説教くさくなりました・・(汗)
夏は、気持ちも熱くなりすぎると、こんなふうに思いが先走ってしまうんでしょうね。
ちょっと、気をつけたいと思います。

category: まるやまさんのぶどう日記

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雨上がりの夜空に  

6月に入りました
6月といえば梅雨の時期ですね

亜熱帯の日本では、この時季、雨がたくさん降ります

最近、夜に散歩するようにしました
きょう昼間は雨が降っていたのですが、夜にはあがり、雨上がりの独特な湿気ある空気を浴びながら、歩いてきました
すぐ近くに川があるので、その土手にある散歩道をとぼとぼ歩きます
また、ちょっと長い時間ウォーキングをするのにちょうどいい遊歩道
もありますので、
仕事が終わり、疲れが出てきたり、いろんな考えが頭に駆け巡り、整理がつかず、ちょっとしんどい時には、たっぷり歩くと、スッキリする感じになります

夏へ近づくまでのこの梅雨の時期、雨の空気、においを感じます
私は、昔から雨の日というのは嫌いじゃなく、雨の音を静かに聞きながら
家のなか、屋内で過ごしていると、喧騒のある外の世界と自分とが隔絶されたような
感じがして、不思議な安心感をおぼえます
雨の音を聞いていると、変によく眠れたり、本を読んで過ごしたりとなんか落ち着きます


         雨



まあ、あまり雨の日ばかりが続くと少しじっとりしてきますけどね

そもそも何で「梅雨」というのでしょう・・?
「梅雨」という言葉は、どうやら中国のほうから来たようです
諸説あるみたいですが、もっとも有力なのは、文字通りの「雨季が梅の実が熟する時期だから」
今の時期、日本でも梅の実がたわわに実っていて、ほの甘い香りを漂わせています

もしくは、湿気でカビなど生えるから、「黴雨」(バイウ)と言い、この発音だけが残っている説などほか、いろいろあります

雨が続きくと、心の中もジメジメしてきますし、何だか気圧の変化も心身に影響して
「心にカビがようなものができてしまったなあ」なんて、どんより感じることありますよね

しかし、雨は乾ききった大地を潤し、豊かな実をみのらせるための大事な時期でもあります  
悲しく、苦しくなるときは涙が雨のように、とめどなくあふれてでることもありますが、
それは、乾ききった心を潤し、苦しみや怒りで固りきってしまったたましいを氷解する
たいせつな心の営みなのかもしれませんね

         雲と光

 
雨のような涙は、絶え間なく出てくるかもしれません
しかし色んなもので鬱積したこころのなかは、涙によって、ようやく浄化されるのかもしれませんね
雨が降りしきり、川のように水が流れ切ったあとには、どんよりした灰色の雲の間から
うっすらと太陽の光が見えてくるでしょう
そんな暖かく自分を包んでくれる光がきっとやってくるでしょう

category: まるやまさんのぶどう日記

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