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ぶどうの木のあれこれ

カウンセリングルーム『ぶどうの木』へようこそ。

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生み出すことは楽しいです  

もう11月も後半です。

日々は年末に向かって進み、一年の終わりを迎えようとしています。
時間の過ぎゆく流れは早く感じ、気がついてみればもう年末か・・と
今年もあわただしく一年が終わったななどと、ため息が出てしまうのは
私だけでしょうか。

  もみじ
            ~ 福島県の岳温泉にて  旅行してきました

みなさんも、こんなふうに色んな感慨をもって、この年末の時季を送って
いることでしょうね。
世間は政治などに変革がありました。日本でもアメリカでも。
しかし、政権が変わって期待しても、なかなかその国の文化に根ざした
政治システムや中枢の慣習などはそう易々とは変わらないでしょうね。
しかし、そのなかでも、日本も米国も画期的な方針や活動が生まれてきて
いることも確かなようです。「アキラメのなかに埋もれてしまったヒカリ」
を見逃すことなく、期待していきたいと思います。

私たちには、「どうせ無駄だろう」「きっともうダメだろう」とかいう変なアキラメ感がこころに染みついていて、その状態に慣れすぎてしまっている場合があります。
自分にとってどんなに良い結果や、うまくいった経験があっても、こころから喜べず、「結局またダメになるんじゃないか」とか「どうせ今だけのものだろう」とか先に意味づけして、いつのまにか本当に価値のあるものをも見失って深いアキラメの境地に至ってしまう。そして、自分が何かに向かおうと思ったり、立ち上がることができなくなり、うずくまることを続けてしまう。

これは、心理学でいうと、「学習性無力感」という状態とよんだりします。

学習性無力感は、私たちのような心理学を学んだものたちにとっては、
概論のテキストの始めのほうに出てくる、なじみぶかく、または古典とも
いうべき理論です。
これを初めて学んだときは、さほどのインパクトは感じられなかったのですが、今の時代を生きる人々を考えると、ようやく今その理論が腑に落ちるような感じがします。

今、「思考の整理学」(外山滋比古著)という本を読んでいます。この本は、1984年に出版されたのですが、今読んでも、新鮮で味わい深い文章です。
この1980年という時代は、日本がちょうどバブルの絶頂期を迎えていた頃
なのですが、内容はおそろしくアナログ的で、私たちが自前のあたまで思考しイメージや理論、まとめなどを生み出すコツを、淡々と説明してくれます。
コンピューターやゲームなど、さまざまな新たなメディアが華々しく登場し
本格的な情報化社会に突入してきたこの時代に、こんな地味ともいえる
内容の本が売れていたというのは皮肉な話なのですが、著者は洪水のように激しく押し寄せるメディアや情報に受身的になっている人間に対して、警鐘を鳴らしていたのかもしれませんね。


要するに、私たちが様々な情報や詰め込み教育、ステレオタイプな価値観に振り回されず、いかに独自の考えをあたため、熟成させ、そしてかたちにしていくか、ということに関して、時には理論的に、時には詩的に表現しています。

たしかに、「自分の考えを創っていく」、「生み出していく」ことが我々にとっていかに難しくなってきたか。それは痛感しますね。

「学習性無力感」は、はじめ犬を使った動物実験から生まれた理論です。
ストレス障害になってしまったり、うつ状態になるメカニズムは、学習性無力感である程度は説明はできますが、わたしたち人間は自らのこころやあたまでいろんなことを、考え、作り、生み出していくことができます。
どのような状況に置かれても、その場に適応しようとする心が働く
機能が誰にでも備わっているはずなのです。
しかし、悲しいかな、現代のこうした受身的な社会のなかでは、
能動的に考えや気持ちを創る成長過程が阻まれてしまう可能性が
大いにあります。

ストレスや、葛藤に耐えられず、こころが壊れやすくなってしまうと
いうことと、創造力がうまく働かないことは、無関係ではないようです。

しかし、自分の考えを温めたり、形をつけていったり、さまざまなことに
つなげていくという構想の作業は楽しいものです。
「自分にはできない」というふうに思ってしまうこともあるかもしれないですが、これがコツをつかめれば、なかなかそうでもないです。
自前で自分の考えや気持ちを創ることに慣れると、周りで起こるさまざまな風評や刺激に過剰に反応しなくなり、他の力で引っ張られていく生き方から、自分が生み出した自分の動力で、動き出し生きていることが実感できるようになるでしょう。
それは、自分が創った気持ちや考えは、何よりも納得ができ、
そしてそこへ自分が投入できるからでしょう。
そうやって揺るがない自分が創られ、自分を信頼し、自分が安心できる
一人の存在として思えるようになるはずです。


   ルーム
 ~ ぶどうの木ルーム


こちらのカウンセリングルームでも、そんな創造的な対話を心がけ、
みなさんの心が自らの動力で自然に無理なく動き出すことができるように、丁寧にお支えしていきたいと思います。
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働いている人たちは・・  

先日、ある研修講義を担当し、丸一日参加者のみなさんと
メンタルヘルスについて学びました。私は講師として参加しましたが、
本当に勉強になる一日でした。

今回の研修では、福祉、看護、保育など援助職の仕事についている方々
を対象に、そういう現場で自分に対してどういうことに気をつけながら、
ストレスに悩まれず、より自分らしく、より楽しく仕事ができる工夫について
話しました。

参加者のみなさんはとても熱心で、よく集中し、丸一日という長い時間など
ものともせず、勉強しようという意欲が満々とあふれていたように感じます。
話している私のほうが、みなさんのその熱心な心意気に圧倒された感が
あります。参加された方の意識の高さに、驚嘆しました。


今、援助職にかぎらず、仕事をふつうにしてきた人たちが、バッタバッタと
メンタルな問題で倒れ、苦しんでいます。
朝、起きるときからだが急に重くなり、「仕事に行かなきゃ」という思いはあるが
それを考えてしまうと、とても苦しくなり、目の前が真っ暗になる。
そんな心の病に苦しんでいる人々が、たくさんいます。
サラリーマン、OL、公務員、教職員、福祉職・・。

この大不況という時代に変遷とともに、役割が急拡大したり、
また極端に急削減されたり、また合併、統合、大きな組織体制変化に
ついていけず、いままでまったく自分にとっては無関係であるはずだった
役割に突然就かされ、またパワーハラスメントのような上司からの理不尽
な指示に抗えず、懸命に会社のために努力していったあげくに、
やがて自分の心が干からびていく・・。

そんな時代がやってきています。
当たり前のように働いていた自分の姿に疑問をもち、仕事をすっぱりやめ、
都会から離れ、自分の乾ききった心の療養も兼ね、田舎暮らしを始める人も多い
ようです。
働いている人は、みんな疲れ切っています。

社会人には、いま心の栄養、心のケアが早急に必要です。

category: まるやまさんのぶどう日記

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