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ぶどうの木のあれこれ

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明日への一歩  

どうも、お久しぶりにしておりました。  8月の予定を載せました。ご確認ください。

ブログの更新が遅くなってしまいました。何かと雑事、その他もろもろやることが多くて、ゆっくり綴る時間もないような状態でした。悪しからず。

ところで、震災が起きて5ヶ月が経とうとしています。この時間の経過をどのように感じられるでしょう。え?もう5ヶ月?と早く時間が経過した感覚を持つ場合もあれば、まだ5ヶ月?半年も経ってないのかとむしろ遅々とした感覚を持つ場合もあるかもしれません。

私は、確実に後者のほうです。
人生で一回遭遇かするかどうかの、あの未曾有の大災害の発生が、何か遠い過去のように感じられるのに、でもふと気が付けばあのことが起きたのは、まだ今年の春先のこと。
この感覚には、どのような心情が働いているのでしょう。

よくよく自分の気持ちをのぞき込んでみると、そこには「早く忘れたい」という気持ちが横たわっていることに気がつきます。
私たちが目にしたものは、町を簡単に飲み込み、私たち人間の日常生活をあざ笑うかのように破壊していく自然の脅威でした。その光景は恐ろしく、痛ましく、悲しい光景です。
それを思い出すと胸が苦しくなり、できれば過ぎる光景を頭から振り払いたい。そんな衝動に駆られます。
私も岩手に支援活動に行き、沿岸地域の町の様子を目にしたとき、泣きたくなるほど見ているのが辛かったです。

できれば早く忘れたい。
それは、人間が自分一人の心ではとても受け止めようがない圧倒的な事実に出会ったとき、そう思ってしまう自然な心の営みだと思います。
そんなふうに自分のこころのなかで起きていることを自覚してみて、「忘れてしまいたい。それもまた自然なこと」と語りかけてみてはどうでしょうか。

よく「自分の心にフタをすることはいけない」と言われたりもしますが、これは、自分の心にフタをすること自体が良くないのではなく、そのことに無自覚になって素直にそう受け止められないことが苦しくさせるのです。
つまり、「ああ、私は自分のこころにフタをしようとしているんだ。それもあんなことがあればそうも思いたくなるし、それはそれで人の自然な気持ちかもしれない」と気が付けば、そう何気なく素直に思うことができたところで、こころの緊張が解けてきませんか。

震災があって5ヶ月が過ぎようとしています。
以前より少し物理的な生活環境が安定してきて、我に帰ったところで、色んなことを失った悲しみが静かに押し寄せてくる時期がこれからやってくるでしょう。
それは、自然なこころの営みです。そして、それを早く何とかしたい、はやく忘れないと思ってしまう気持ちも自然な心の営みです。

大事故に遭遇した方が、こんなことを言っていた方がいました。
「事故直後、もっとゆっくり悲しんでおけばよかった。その時間が自分にはなかった。そう気がついておけばよかった」と。

悲しみを乗り越えるためには、こころが悲しみを感じようと欲している状態に、自分が身を任せてみることも大切なのかもしれませんね。
そういうことが、こころの喪の作業でしょう。

それを無くして、むやみな復興、立ち直りの意識は、心の土台がしっかりしていないところに重くて高い目標を無理に打ち付けるようなものです。


心の悲しみを感じようとしている。

この悲しみを感じたくないようにしている感情も働く。

感じている自分の気持ちを、静かに意識して、それでいいと思ってみる。

いまこういうふうに感じてみることは、明日への一歩を導くために、大切な心の向け方です。
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