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ぶどうの木のあれこれ

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一途に話す。  

今回は更新がだいぶ遅れてしまいました。
ご心配(・・してないか)おかけしました。


6月になりました。 6月の予定も載せています。

雨の日も多くなり、これから梅雨の時期になっていきますね。
植物は、この時期にたくさんの水分をとって、身体に栄養を行き届かせ、体力を消耗する夏に向けて準備をしていきます。

私たちも、梅雨の時期は長雨で、動くのがどうしても億劫になってしまいますが、そういうときもあっていいですよね。
「こういう時期にこそ、自分の力を温存し蓄えておこう」と考えれば、それはそれで必要な時期とも思えますよね。


あじさい




というわけで、最近私もちょっと「引きこもり」がちになり、本など漁りはじめています。

そのなかで「おや、いいこと言うねえ」と思ったのが、レヴィナスという哲学者の本。
私自身は、実は哲学の方面は疎いのですが、この人の考え方は何だか受け入れやすく、すっと心の中に入ってきました。まあおそらく、訳者(内田樹)の書き方が良かったんでしょうが。

そのなかで、「対話」と「志向性」について書かれています。

人間は何かを常に「めざす」生き物である。
その何かは、視覚的にわかるものとは限らない。意味や思惟をめざすこともある。いやむしろ後者の場合が多いのではないか。人間とかそういうものである、と。

そしてこの中で、「対話」の大切さを説いています。
対話することによって、志向している自分に気づく。
そして何を志向しめざしているかを自覚すると言っています。
レヴィナスは他者に何かを伝えるときには、書かれたもの(テクスト)よりも、口伝(つまり直接対話)を大切することも言っています。

目の前に他者がいる。
その人は、自分とまったく違う価値観や視点を持っている。
そういう他者に、自分の何かを伝えようとする。
言葉にならない何かを、一生懸命、つっかえながら、考えながら、言葉にしていく。
このプロセスを繰り返しているうちに、少しづつ自分の気持ちや、めざしていることが分かっていく。
自分の考えや、自分のある行動やひっかかっている意味に気づいていく。


何だか当たり前のことを言っているようですが、こう言葉にしてもらえると、私が考える対話の場っていうのは、それこそこういうものを目指していたんだな、と納得します。

確かにレヴィナスが言っているように、言葉というのはテクストにすると、意味が「枠づけ」され、単純化されてしまうことあります。迅速に、事務的に、必要事項だけ、要点だけという場合には、テクストは優れた方法かもしれません。

でも、自分の気持ちや、考え、また何をめざしているかということを伝えるためには、時間をかけて一途に、自分の口で、話してみる、その言葉にした何かを自分で聴いてみる。相手(他者)の話も聞いてみて、そして浮かんだこと、感じたことを言葉にしてみる。

うまく話そう、流暢に話そう、なんてことは考えなくていい。
一途に、自分の心を確かめながら、じっくり見つめながら、つっかえながら、間違いながら、噛みながら、言葉にしてみる。

むしろ、こういう感じになっている対話のときのほうが、大事なんじゃないかなと思います。

対話は、自分と相手の言葉の発音、間、呼吸、雰囲気などを感じながら、やりとりする場。
言葉そのものに、言葉にならない無数の意味を含みながら他者に伝え、他者を聞く。


僕も、レヴィナスの考えには到底及びませんが、そんなふうに対話する場を豊かに考えることができたらいいなと思っています。


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