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ぶどうの木のあれこれ

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臨床心理士とは?  

さて、今日は前置きはなく、本題に入りたいと思います。

長くなりますので、お茶でも飲みながら、お菓子をボリボリ食べながら、お読みください。

かねてから、「臨床心理士ってどういう仕事?どういう資格なの?」というふうに訊かれることが多いので、今回、自分なりにきちんと説明したいと思います。
大方、臨床心理士の公式規準にそってお話したいと思いますが、なかには私の個人的な考えなども、盛り込んでいきたいと思いますので、その辺、ご了承ください。

いちおう、公式の基準はこちら 
日本臨床心理士会のホームページもごらんください。

カウンセラーという仕事には、現在「資格」として、他にもさまざまな種類のものがあります。
産業カウンセラー、心理カウンセラー、認定カウンセラーなどなど。
このなかに聞いたことがあるものもあると思いますが、他にもまだまだカウンセラーに関連する資格はたくさんあります。

これだけ、いろいろカウンセラーの資格があると、利用したい人にとっては、どれをどう選んでいいのかにとても分かりにくいですよね。
同じ職種でない友達や知人によくそんなふうに言われます。


臨床心理士の資格をとるためには、4年生大学を卒業後、大学院の修士課程で2年間送って修了し、その課程内、もしくはそのあと実務経験1年を経なければなりません。それを経て、ようやくやっと受験資格が得られるという、まあ、途方もなく時間がかかるのです。
私は大学でも心理学を専攻していましたが、そのときから、実験、調査、レポートに明け暮れる日々。細かい計算をしなきゃなんない「統計学」などもありまして、数字に関してとても弱い私にとっては、トホホ・・・(汗)
当時は、「こちとらカウンセラーになりたいのに、なんでこんな地味なことばかりやらせんだ、コノヤロー」みたいな不満でいっぱいでした。しかしながら、あとでどうして、このような基礎的な学びが必要なのかは分かりましたが。
大学を卒業して、大学院に入ってからも基本的には同じ。
しかし、そこはやはり専門的な研究や理論になってきて、ようやく面白さを感じましたが、何といっても、修士論文を書き上げるためには、気合と根性、持久力が必要で(大げさか・・)、頭があんまり良くない私にとっては、何度悲鳴をあげたか分かりません。
研究室では、指導教官に論文の案を見てもらい、頭の芯にまでこたえるキツイ愛のムチを何度も打たれ・・。
おまけに、学会発表やさまざまな学会誌に投稿を命ぜられた日にゃあ・・。アヒ~~!助けてえ!

・・なんか変な方向言ってるな。

もとい・・、とにかく、修士論文が通り、無事修了したときには、涙が出るくらい嬉しかったのを今でも記憶しています。
臨床心理士を持っている方々は、多かれ少なかれ、こんな思いを経験していることでしょう。


そうやって無事大学院を修了し、現場での仕事をしていきながら、臨床心理士の資格試験を2回目でパスしたのです(1回落ちた)。

こうして、めでたく臨床心理士の資格をもらったわけなのですが、大学から大学院まで約6年間、心理学に関連する科目をじっくり学び、そして、実験、調査など地味な作業を繰り返してきたわけです。
学生の時は、これが苦痛で仕方なかったのですが、今となっては、学生のときのこういう学びがなかったら、一体自分はどうなっていただろうと空恐ろしい気分になります。

カウンセリングは、相手の感情や気持ち、考えなど心を扱う仕事。
ただでさえ、自分個人というものが、介入していきやすい場なのに、そこに単なる思い込み、勝手な憶測、思いつきでカウンセリングを行ったら、それこそ、利用する側の不利益にしかなりません。

そうなんです。
やはり、カウンセリングや心理療法をするためには、ものごとを科学的、客観的に理解する力、自分と相手との関係や、やりとりを冷静に分析する力がどうしても必要になるんです。その素養、下地を作るために、大学、大学院で徹底的に科学的視点を叩き込まれる必要があるのです。
心というものをどうやって科学的に理解するのか、これはこれで大問題で、物理の世界とは違うのですが、でもやはり客観的に、科学的に理解しようという姿勢がなければ、カウンセラーの言葉は、相手にとって、ただの押しつけや一方的な考えの強要になってしまうのです。これでは有意義な対話にならないのです。

もちろん、臨床心理士の資格をお持ちでない方で、カウンセラーをやっている人の中には、理論的、科学的視点をしっかり持ちながら、ちゃんとお仕事をしている方も、稀ですが、いることはいます。
ただ、特に私のような、もともと頭が弱くて思い込みが激しい人間にとっては、最低でも大学院までじっくり6年間の下地作りがないとダメなんですね。それでも足りないくらいです。
学生が終わり、今度は仕事をしながら勉強をし続けていくというのが心理の仕事です。


あ、それと臨床心理士の多くは、スーパーバイズを受けています。これも我々の独特な勉強の形態で、まあ要するに、師匠と弟子の関係みたいなものです。私にも師匠(スーパーバイザー)がいます。
大学院を卒業してまもなく、または在学中に○○先生の門下に弟子入りし、マンツーマン(もしくはグループ)で、じかに師匠から技術を手取り足取り教えてもらい、時にはこっぴどく叱られるという、まさにそういうイメージです。こうしてトレーニングするわけですね。

臨床心理士は、かずかずのカウンセラーの資格のなかでも、取得するまでにたくさんの時間と労力、そして苦悩(?)を要します。
「これは時間かけすぎだろう!」とか「誰でも簡単にとれる受験資格しろ!」だの、いろいろ言われますが、カウンセリングや心理療法では、人の心の問題や不調に対応し、その人の人生を左右する機会になります。
そういうその人の大切な転換点を共にしますから、責任と高度な専門的知識が必要です。さほど苦労も下地もなくヒョイと取れてしまう資格だと、カウンセラーにとっては利するかもしれませんが、利用者にとってはとても危険な事態を招くようなことが多くなる気がします。

臨床心理士の資格を持っている人は、さまざまな現場で働いています。

小中学校、高校でスクールカウンセラー
大学にある学生相談室や保健管理センター、臨床センター
精神科病院、精神科クリニック
障害者、老人、児童などの福祉施設
企業などの産業分野
警察、少年院、鑑別所、裁判所などの司法関係の職員のなかにも臨床心理士の資格を持った方がいます
保育園、幼稚園などを周る子育て支援を行う臨床心理士
大学の先生
そして、私のような個人開業しているもの

こんなふうに、多様な職域で臨床心理士は活躍しています。
現場で、じかにカウンセリング、心理療法を行うことはもちろんのこと、所属の本務をしながら、臨床心理学的な観点を持って、対応したり、把握したり。

「臨床心理学」とは、ものすごく噛み砕いて言えば、「人々、またはある人個人の心の在り方、心の動きの方向性をよく見ながら、その人の心や生活にとって自然で有益になるようなかかわり方の学」とでもいえましょうか。

そういう学を、基準のレベルにまで達し専門的に持っていますよ、と資格として認定されたのが、臨床心理士となります。


「臨床心理士」という資格は、(財)日本臨床心理士会資格認定協会が認定した資格です。
これから、国家資格になろうかというところまで、この資格は実力を積み上げていきました。

カウンセリングや心理療法、もしくは臨床心理という分野は、長く日本では根付きにくいと言われてきました。
しかしながら、現在、学校現場や企業のなかで、メンタルな病気や心の未成長の問題が本当に多く出てきて、こういったことに対して、従来の把握の仕方、指導の仕方では通用しないことが深刻になっています。
また、去年の震災など含め、災害体験によるストレスにどう向き合うかということも、昨今の大きなテーマになっています。
こんな状況も踏まえて、われわれの活動する機会もずいぶんと増え、臨床心理士に対する社会的な認知度も高くなっています。

私たち臨床心理士は、こうした問題に万能とまでは行きませんが、新しい観点やツールとしてご利用頂ければ、お役に立てると思います。


この機会に臨床心理士という資格、仕事のことを少しでもお伝えできればと思い、長々と書きました。
なんだか、個人史みたいな内容になってしまいました。

また、このテーマでいずれ何か書きたいと思います。


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